夏の読書について書こうと思った。夏で読書と言えば、矢張り読書感想文である。
読書感想文に苦労した記憶はない。元々日常的に本を読む習慣があるし、その感想を纏めるのも不得意ではなかった。だが別段、好きな課題という訳ではない。何より手間がかかる。それは恐らく、学校の先生にとっても同じなのだろう。生徒も先生も幸せにならない苦行である。しかも課題図書なるものまであるのだから、妙に縛られているようで、やる気が出ない。
この課題図書というのも、果たして本気で拵えられたものであるか疑問である。確か高校の頃の課題図書リストだったと思うが、湯本香機実さんの『夏の庭 The Friends』と紫式部の『源氏物語』が並んでいた。片や薄い文庫本、片や全54帖の大作である。感想文を求められて、誰が源氏を選ぶというのだろう。やっぱり読書は、そのとき読みたいものを自由に読むに限る。
という訳で、夏になると読みたくなる本である。歯のきしきしするソーダアイスを食べ、生ぬるい扇風機の風を浴びながら、読みたい本というものがある。
真っ先に連想したのは、三島由紀夫の『潮騒』だった。新潮文庫の表紙が非常に爽やかで、素朴な本編と相まって清涼感のある印象を抱いた。本当はその『潮騒』取り上げようと思ったのだけれど、残念ながら書籍が実家にあり、この記事の為だけに買うというのも憚られたので、今度の題材は没にしようかと思っていた。
だが、もう一冊ぴったりのものがあった。宮沢賢治の『よだかの星』である。海が登場する『潮騒』と異なり、『よだかの星』そのものに強く夏のイメージはないのだけれど、その舞台は夏の夜である。よだかの食らう虫や、その星の描写の中に、短夜の気配を漂わせている。
この『よだかの星』は、中学時分に読んで非常に影響を受けた。『よだか』は、鷹に似た声で鳴く醜い鳥とされている。その醜さ故に他の鳥から煙たがられており、当の鷹からは『市蔵に改名せよ』と脅されている。そんな『よだか』は自分の居場所を求めて星々の間を飛び回る。
この本の何処が良いかと問われれば、醜さを抱えながらも羽ばたき続けるよだかの気高さだろう。拒絶され、嘲笑われ、地に落ちようとするよだかが、夜を引き裂かんばかりに叫んで飛び上がる。夜に眠る小動物たちが、本物の鷹が現れたのだと思って身を震わせる。私のお気に入りの場面である。
きっと辛い時や悲しい時、己を鼓舞するのはカウンセラーでも新聞のお悩み相談コーナーでもない。胸の内に巣食うよだかの一鳴きである。中学時代の私は、そういう実直な文章に魅力を感じていたのだ。
この記事を書くに辺り、改めて『よだかの星』を読み返してみた。非常に短い話なので、あっさりと読むことが出来る(青空文庫に収録されているので、気になる方はチェックしていただきたい。宮沢賢治 よだかの星 (aozora.gr.jp))。矢張り、いま読んでも面白かった。物語を通して昔の自分と再会したような気持ちになれるのもまた、本というものの魅力なのかもしれない。私はもうすっかり大人になってしまったけれど、そういう純朴な気持ちは忘れないようにしたいものである。
ソーダアイスも扇風機もない。コーヒー片手にクーラーで涼む、夏の昼下がりではあるのだけれど。