
普段、私は非常に地味な生活を送っている。通っていた大学が教育大だったからか、合コンにも参加したこともないし、相席屋やマッチングアプリなんてものに手を出したこともない。社会人としての人付き合いの機会を覗けば、歌舞伎町的な世界とも無縁で生きてきた。だからテレビで「りりちゃん」に関するニュースを見たときも、ぼんやりと他人事のように眺めていた。
しかし最近、プライベートで少しそういう世界を垣間見ることがあって、私は「頂き女子」というものに強く興味を抱くようになった。というのも、私は人生で初めてガールズバーというところに出向いたのである。女の子と楽しくお話しし、お酒を飲み、カラオケを歌った。
当然ながら、向こうも商売なので、お酒を開けると喜んで飲んでくれる。私も飲む。ぐでぐでになり、駅まで送ってもらった。危ういことにはならなかったが、もしかしたら何かしらの間違いだって起きるかもしれない、そんな予感を仄かに感じていた。
そういう火遊びを楽しめるなら良いのかもしれないが、私は内心の惨めさを拭い切れなかった。お金で女性の関心を買うというようなやり方が、あまり性に合っていないのかもしれない。或いは妻帯者でにっちもさっちもいかない自分を恨んだのかもしれない。どちらにせよ、褒められた行為でないのは確かである。そんな訳で、結局そのお店にはいかなくなってしまった。
そして本屋さんを歩いていて、この本を見付けたのだ。宇都宮直子の「渇愛」は、「頂き女子りりちゃん」を描いたノンフィクションである。頂き女子りりちゃんは、結婚詐欺を働いて「おぢ」と呼び名をつけた男性から多額の現金を引き出していた。それだけに留まらず、そのノウハウをマニュアルとしてまとめ、販売することで収益を得ていたという。今回のガールズバーの件で、私は何かしらの被害に遭った訳ではないけれど、何となく共通項があるような気がした(勿論、お店側が悪いとか言いたい訳ではない。念の為)。そこには少なからず、私の側にも後ろめたさがあったからだろう。
だが、「もう行かない」と行ったとき、ガールズバーの店員が浮かべた寂しげな表情が、暫く瞼の裏側から抜けなかった。後ろ髪を引かれるような思いも、ただお酒を飲む為だという言い訳には不相応だった。私には惨めさだけが残った。そしてその惨めさとは無関係に、夜の繁華街は輝き続けている。

- あらすじ
男性たちから総額1億5千万円を騙し取り、逮捕された「頂き女子」の正体。
町田そのこ激賞!!
彼女が奪う側に戻らない道を考える。読んでいるときも、読み終えたいまも。
- 書評
りりちゃんは、性風俗で稼ぐ女性だった。そのパーソナリティを一言で形容するのは難しい。
所謂、大人の女性というような雰囲気ではない。小動物のような可愛いらしい童顔で、相手の反応に敏感で、するりと懐に入り込むことが出来る。だが、悪女という感じでもない。どちらかというと、そこには危うさのような感覚がある。本書を読んでいて、常に肌にはりついていたのは、その不安定さだった。
当然ながら、私はりりちゃんという女性と直接面識がある訳ではない。本書と動画で少しばかり知った程度である。それだけしかない情報で、彼女のことをとやかく言うのはお門違いなのだろう。
だが何となく、そこにダークヒーローのような、異色な魅力があることは理解できた。りりちゃんは確かに詐欺を行っていたが、それは自分自身の為ではなかった。稼いだお金はホストに貢いでいたそうだ。そういう意味で、りりちゃんの犯行動機はとてもイノセントなものと言えるかもしれない。そして重要なのが、りりちゃんは年の離れた男性からお金を奪っていたということだ。
性風俗や、夜の街というバックボーンを考えれば、それはさながら仇討のようである。実際、りりちゃんは自身のマニュアルを「自分がこれまでされてきたこと」をベースに作り上げたという。そしてりりちゃんは、己を性的な対象として近付いて来た相手から大金をせしめるのである。そこにある種の義賊的な痛快さを見出す人がいるのも、不思議ではないのだろう。
しかしそれは、私にりりちゃんを語る資格がないのと同様、外野が神格化していい部分ではないのだ。特に強烈に私を揺さ振ったのは、りりちゃんからの詐欺を受けた被害者のインタビューである。そこにいたのは明確な被害者であり、多額の資金を奪われて絶望の淵に叩き落された上に、「若い女を抱いたんだからいいだろう」と加害者のようにあげつらわれてさえいたのである。
著者であり記者であられる宇都宮直子さんも、この点で語気を強めて反省している部分が伺える。というのも、著者もまたりりちゃんとの交流で彼女を知るうちに、知らず知らず色眼鏡を掛けてしまっていたのである。それが被害者を目前にして、冷や水を浴びせかけられたように現実に戻る。この事件は、誰かが死んでてもおかしくはなかったのだ、ただたまたま死んでいないだけだ、と。それは、後々被害者から手渡されたという遺書から見ても、決して過剰な憶測ではないだろう。
だがしかし、誰がりりちゃんを生んだかと言えば、それは簡単に答えられる問いではない。複雑な家庭環境の所為かもしれないし、歌舞伎町を始めとした夜の街がそうなのかもしれない。或いはりりちゃん自身の責任と言えるのかもしれないし、もっと言うと(そして実際にありそうなのが)それら全てが複合された結果、りりちゃんが生まれたのかもしれない。
私はりりちゃんには同情的である。けれどそれ以上に、被害者がいたたまれない。だがだからといって、何もかもの責任が動画で見た華奢な肩の上にあるとも思えない。ただそれでも、違った結末はあったのではないかと、思わずにはいられない。
それを拒まなければ、生きていけなかったのではないだろうか。支援者の声をシャットアウトし、獄中結婚したというりりちゃんの話を聞いていると、私の胸に沸き上がるのは、ただひたすらに遣る瀬無さである。

