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【書評】『「性格が悪い」とはどういうことか――ダークサイドの心理学』【小塩真司】

 はてさて困ったものだ。

 最近、私が勤める会社の人事異動があり、パワハラ気質の上司がやって来てしまった。高圧的で労働環境を悪くするが、一部お気に入りからはカルト的人気があり、数字も出している――つまるところギリギリのラインを攻める人物であり、明確な被害が出るまでは誰も手を付けることが出来ない。そういう暴走機関車のような人物のもとで働くことになってしまった。就労意欲の低減が骨無に沁みる毎日である。

 

 そんな中、書店をぶらついていて本書に行きあった。是が非でも買わなければならないと、私の本能が叫んでいた。本当のところを言えば、私は本書を読んで、その上司の欠点に論理的な根拠を添えようとしていたのだろう。しかしそこには思わぬ副作用があった。

 

 私もまた、悪い性格に分類され得る性格特性を保持していたのである。

 勿論、検査などをした訳ではないが、本書の一部記述がまるで自分のことのように感じられたのだ。そうなるとこの本の意義も変わってくる。そのようにして、私は貪るようにして読み進めたのだった。

 

  • 粗筋

ダークな性格として、典型的なものは「マキャベリアニズム」「サイコパシー」「ナルシシズム」「サディズム」の四つである。それぞれの特性、測定方法を紹介、また仕事の相性、職場での行動、人間関係、異性との付き合い方法を分析し、どんな問題に結びつきやすいか、さらにその気質は遺伝なのか、環境なのかにも迫る。「悪い」性格が社会に残っていることには理由があり、どんな人にもダークな面はあることも明らかにする。

 

  • 書評

 マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズムを統括した「ダークトライアド」の概念は、以前読んだ『パワハラ上司を科学する』という書籍で眼にしたことがあった(ちなみにこれも良書である。自身が指摘された人も、被害に遭っている方も、是非読んでいただきたい)。これにサディズムを加えた「ダーク・テトラッド」というのが、本書で扱われる悪い性格の主である。

 

 

 他はともかくとして、マキャベリアニズムという言葉には馴染みの薄い方が多いと思うので、簡単に触れておきたい。これは「君主論」を書いたマキャベリに由来する言葉であり、目標の為なら手段をいとわないという姿勢のことを指すのだという。

 

 本書の優れたところは、極めて科学的な知見から「性格の悪さ」というものを評価している点である。そこに個人的な主観は見られない。

 原因分析に関しても、ただ純粋に「環境が悪い」や「遺伝的要因」と書いてしまうのではなく、エヴィデンスに基づいてどれがどの程度影響しているかに言及している。ただそれ故に、そこに分かり易い解決を期待していると肩透かしを食らうかもしれない。本文で述べられているのは科学的知見からの解釈であり、「性格が悪い人間をどのように罰するか?」というような処方箋が語られている訳ではないからだ。

 

 さて、私が驚いたのは、冒頭に述べたように、自分がどうやらその「悪い性格」に含まれているらしいと気づいたからである。具体的に言うと、私は「ナルシシズム」の項目に深く共感を覚えたのだ。ナルシシズムの特徴として、本書では以下の十個の項目を掲げている。

 

1 自分は他の人よりも能力が高い

2 周囲の人に大きな影響を与えている

3 注目の的になりたい

4 自分は賞賛されるべき人間だ

5 自分がいなければ何もかもうまくいかない

6 自分は有名な人物になるはずだ

7 周囲の人を言いくるめるのは得意だ

8 批判されると怒りが収まらない

9 自分の弱さを見せたくない

10 注目されないと気分が落ちこむ

 

 恥を忍んで言うと、かなりの項目が当て嵌まっている。そうは言っても、そんな自己認識が不適切であるということは明白なので、意識的にそれを打ち消そうと努めているといった具合だ。正直、全員同じようなものだと思っていた。どうやらそうでないらしいと知ったのが、この本で得た一番の知見かもしれない。

 

 しかし、思い返せば心当たりがない訳ではない。高圧的や上から目線と言われたことはあるし、相方からはモラハラ気質があると言われている。そう思われないように自分としては気を付けているつもりなのだけれど、そもそも「他者視点の理想像」みたいなものを念頭に置いているあたりが駄目なのかもしれない、などと考えると、お手上げである。

 

 とは言え、私としてはそれほど悲観している訳ではない(そう言うと何だか居直っているようであるが、決してそうではない。念の為)。日常生活を送る上で妨げになるほど影響は出ていないというのが、その楽観性を支えているのだろう。万人に好かれる訳ではないが、自分を好いてくれる人も多い。少なくとも自身の性格特性を知れば、身の振り方にも注意深さは生まれる筈だ。そう信じている。

 

 少々脱線したが、本書の話に戻ると、最後の結論は非常に興味深い。年齢と共に「ダーク・テトラッド」的な傾向は減るというデータが示され、更に性格の悪さが必要とされる状況に対して言及が成される。地政学的なスケールで見れば、悪い性格の強権的リーダーシップが発揮されるべき場面が生じるかもしれない。

 

 ただし、注意が必要である。これは飽くまで人類の存続という地点からの理解であり、倫理的な視点は抜け落ちているからだ。「性格の悪さ」がもたらす悪影響が正当化される訳ではないのだ。

 それは科学の枠組みを超えた、倫理的問い掛けである。我々はそこに具体的な解答を出す為のプロセスを、見出す段階に来ているのかもしれない。