羊を逃がすということ

あなたの為の本が、きっと見付かる

2024-01-01から1年間の記事一覧

【書評】ショートケーキは背中から|能動的に食べるということについて【平野紗季子】

年の瀬が近付くと、やることがどんどんと増えていき、気付けば忙殺の日々を過ごしている……と思いきや、やっていることは転職のための勉強であったり、忘年会の徹夜カラオケであったり、実はほどほどに暇なのかもしれない。時間を無駄にすることに関しては一…

【月ベスト】11月に読んだベスト本|すべての、白いものたちの

ご無沙汰しております。最近、ちょっと身辺がばたばたしておりまして、更新が滞っておりました。漸く一息つくことが出来たので、ブログを再開いたします。 さて、該当月のベスト本を紹介するコーナーである、「月ベスト」である。気持ちだけは月末に仕上げる…

【雑記】グッドバイ|故郷紀行

伯父の葬式が終わった。 向かう道中、サカナクションの「グッドバイ」を聴いていた。最近、YouTubeでこの曲に関するご本人の解説があって興味深かった。マジョリティに対する別れの曲なのだそうだ。剥き出しの感受性のまま生きていくのは、苦しいことなのだ…

【雑記】叔父が死んだ夜|故郷紀行

叔父が死んだ。享年60だった。 仕事の休憩中、突然母から連絡があった。普段はLINEで一方的に要件を送り付ける母からの電話である。出る前から、嫌な予感がしていた。 「お兄ちゃんが死んだ。来てほしい」 電話口の母は泣いていた。私は二、三の慰めを口に…

【書評】大阪|自分の生きる街のエコー【岸政彦・柴崎友香】

私は大阪生まれの大阪育ちだが、よく大阪っぽくないと言われる。 同じ関西人に、大阪出身であると言うと驚かれることが多い。喋りが標準語っぽい(あくまで標準語っぽいだけで、ただの大阪弁である)ところや、あまり気が強くないところが、そんなイメージを…

【雑記】死につつある叔父|故郷紀行

自慢ではないが、私は家族と不仲である。本当に自慢ではない。 色々あったのだ。一言で片づければそれまでだが、私個人としてはのっぴきならない事態である。もし家族と疎遠の方がいるのなら、きっとこの不安を共有してくれるに違いない。即ち、家族が死につ…

【書評】すべての、白いものたちの|失われなかったものの痛みと癒しについて【ハン・ガン】

自慢ではないが、私はミーハーな人間である。 この時期にハン・ガンさんの作品を読むというのは、当然ながらノーベル賞受賞の報せがあったからであり、まんまとそれに乗せられたのだ。 正直なところ、私はあまり韓国文学というものに明るくない。というより…

【書評】灯台へ|寄せては砕ける波のような視点【ヴァージニア・ウルフ】

私は印象派の絵画が好きである。特に敬愛しているのはルノワールで、実物を前にしたときは吸い込まれるような絵に感動を覚えたものだった。 印象派の特徴に、分割筆致と呼ばれるものがある。色は混ぜ合わせると黒に近付いていくが、隣同士に配置すると鮮やか…

【書評】すべての月、すべての年|時代を超えて愛すべき隣人【ルシア・ベルリン】

私にとって初めてのルシア・ベルリンは、数年前に読んだ「掃除婦のための手引書」だった。よく言えば簡素な、悪く言えば味気ないタイトルに惹かれた。短編集で、そのほとんどが一人称で書かれたものだった。 ルシア・ベルリンは明らかに生活を切り貼りしても…

【月ベスト】10月に読んだベスト本|「平熱のまま、この世界に熱狂したい」

やっと秋らしくなってきたと思ったら、もう目の前には冬の気配が迫っている。最近の異常気象の所為なのか、それとも私が歳を取っただけなのか、近頃は秋というものへの感度が低い。暑い夏が終わると、気付けば寒い冬という感覚だ。昔の歌集なんかを読んでい…

【書評】成瀬は天下を取りにいく|正直なまま歩き出す勇気【宮島未奈】

滋賀には一度行ったことがある。 私の連れ合いの誕生日で、魚釣りに興味があるという彼女と一緒に釣り体験に足を運んだのだ。企画していたのは真言宗のお寺で、お坊さんと一緒に魚を釣るというなんだか罰当たりな気がしないでもない経験をした。ちなみに魚は…

【書評】ウォールデン 森の生活|人類の目的に対する問い掛け【ヘンリー・D・ソロー】

かつて友人が、ミニマリズムに目覚めたことがある。 デヴィッド・フィンチャーの「ファイト・クラブ」が好きで、資本主義に対する反骨精神を燃やしていた友人だった。彼は部屋の中の家具の全てを捨て去り、身に着ける衣服も最小限に絞ったと言った。そして私…

【書評】平熱のまま、この世界に熱狂したい|弱き者の握る、櫂の力強さ【宮崎智之】

F・スコット・フィッツジェラルドは失われた世代を代表する黄金の作家だった。 彼の代表作である「グレート・ギャツビー」は世代を超えて愛され、何度も映画化されている。その名はある種のダンディズムの象徴とされ、日本では男性整髪料の名として広く知ら…

【書評】決定版カフカ短編集|外的な不条理と感傷の不在について【フランツ・カフカ】

初めて読んだカフカは、新潮社から出ている「変身」だった。世の中の多くの人がそうではないだろうか? あれは高校生のときで、私は軽音楽部に所属していた。ロックバンドという響きに憧れ、大きな声で叫ばれた言葉こそ真実だと思い込んでいた。そこで組んで…

【書評】「レーエンデ国物語」ファンタジーが世界を創造する【多崎礼】

もうかれこれ十年以上前になるが、私はファンタジー小説というものを読み漁っていた。 始まりは確か、イ・ヨンドの「ドラゴンラージャ」だった。ドラゴンあり、魔法あり、お喋りな魔剣や女盗賊や心優しいエルフあり、ファンタジーの魅力をみっちりと詰め込ん…

【月ベスト】9月に読んだ本で、今一番読んでほしい本

最早10月の折り返し地点、9月の振り返り記事を書くのも些か遅すぎるのではないかと思わないでもないけれど、私のポリシーとして「書評ブログが雑記ばかりではなさけない!」というものがあり、ずるずると後ろに伸びてしまった。 そんな訳で、今更のように9月…

【書評】「逃げ上手の若君」を見る、そして「太平記」を読む

10月に入り、漸く秋らしい気候になってきた。季節を感じさせるものは、何も気温や年間行事だけではない。夏アニメの終わりもまた、世の移り変わりを示す鏡である。 今年の夏、私が最も楽しみにしていたアニメは「逃げ上手の若君」だった。原作は松井優征さん…

【書評】『「性格が悪い」とはどういうことか――ダークサイドの心理学』【小塩真司】

はてさて困ったものだ。 最近、私が勤める会社の人事異動があり、パワハラ気質の上司がやって来てしまった。高圧的で労働環境を悪くするが、一部お気に入りからはカルト的人気があり、数字も出している――つまるところギリギリのラインを攻める人物であり、明…

【雑記】短歌を詠んでいますという話

短歌というものを始めたのは、とにかくブログの宣伝をしたいが為であった。 『X』でアカウントを作ったとき、何かしら人目について、かつ文学的な内容を簡潔に表現できるものを探そうと思って、思い付いたのがそれだったのだ。動機としてはかなり不純な部類…

【書評】「愛するということ」、そして本当の自分を生きるということ【エーリッヒ・フロム】

愛というのは、極めて扱い難い観念である。 その原因は、主にハリウッドとディズニーの所為であると、私は思っている。そこから派生する形で巷に広がった様々なフィクションも、残念ながらその傾向に拍車をかけたと言わざるを得ない。 そうは言っても、私は…

【書評】中秋の名月も過ぎたが、「ムーンシャイン」【円城塔】

円城塔という作家に思いをはせるとき、真っ先に連想するのは「天才」の二文字である。 思えば、私が円城塔を知ることとなった切っ掛けは、伊藤計劃というSF作家にあった。「虐殺器官」、「ハーモニー」、その他いくつかの優れた作品と「屍者の帝国」という…

【書評】「サンショウウオの四十九日」と肉体の永遠性について【朝比奈秋】

世の中には、身体の一部が結合した状態で生まれてくる子どもがいる。私は彼らのことをシャム双生児という言葉で認識していたが、本書では結合双生児という語が宛がわれる。 何でも、シャムというのは著名な結合双生児の出身地から取られた名称だそうで、近代…

【雑記】8月に読んだ中で、今一番読んでほしい本

遅きに失した感があるが、8月のまとめ記事である。 8月は私の本職が繁忙期に当たるので、なかなか慌ただしい日々だった。ブログの執筆ペースを落とさず続けられているのも、偏に読んで下さる皆様のお陰である。スターは勿論、ブログ村へのアクセスやランキ…

【書評】「理不尽な進化」の先にあるのは、人間か大腸菌か【吉川浩満】

「人間と大腸菌、どちらが進化した生き物だと思う?」 大学の頃、留学生の友人にこんなことを尋ねられた。当時の私は相手がそう答えさせようとしているのだなと勘繰りながらも、「人間」と答えた。私はてっきり「残念、大腸菌です」という答えが返ってくるの…

【書評】「ツミデミック」とパンデミックの受容について【一穂ミチ】

新型コロナウィルスとして世間を騒がせたCOVID-19は、初めは中国で発生した新型肺炎という、所謂対岸の火事としてネットニュースの片隅に掲載され、それから瞬く間に世界を覆いつくした。 当時の私は、大学時代の下宿をそのまま拠点とし、飲食業でアルバイト…

【書評】「百年の孤独」は如何にして孤独であったか【ガルシア=マルケス】

私と弟がまだ小さかった頃、近所の田んぼでカエルを捕ったことがある。 どうしてそんなことになったのかは覚えていないけれど、とにかく捕って捕って捕りまくった。きっと子供心に狩猟本能をそそられたのだろう。だとしても、帰る間際に逃がしてやれば良いも…

【広重 ー摺の極-】広重とモネと源氏物語【感想】

現在、大阪の天王寺にある「あべのハルカス美術館」では、「広重 -摺の極-」という展示が催されている。広重とは無論、「東海道五十三次」で有名な、あの歌川広重である。今回はその展示に行ってきたので、簡単に感想を纏めたい。 私が美術というものに関…

半身で読んで、半身で詠んで

業務連絡です。ブログのアカウント名を「いこみき」とし、Xも始めました。 「自分の好きなものをもっと多くの人に愛してもらいたい」、そんな動機で私はこのブログを始めた。私は本が好きだが、残念ながら昨今、出版業は斜陽産業と言われている。私の友人で…

【書評】月ぬ走いや、馬ぬ走い【豊永浩平】

方言は、一つの武器である。 それは標準語によるテキストが溢れかえり、ともすればあらゆる表現が均一化されるなかで、ある種の本音を担保するものとして機能するからである。しかしこれをコントロールするのは難しい。 私は大阪出身なので、普段は大阪弁を…

下鴨納涼古本まつりは畳の香りがする

高野川と鴨川に挟まれた三角地帯に位置する下鴨神社。京都に由緒正しき神社は山ほどあれど、中でも下鴨神社は平安以前から存在する屈指の大神社である。縁結びを始め様々な御神徳を得るべく、年間多くの参拝客が訪れるが、盆の時期に古本市が開かれているこ…